カムシャフトの棺

他愛ない文学的な、交換日記です。

009.(mee)

 

ああ、すみません、2019年の記事をひとつでも作っておけばよかったですね。ひとつ前のわたしの記事が「2018年12月26日」のものだから、まるまる1年飛び越えてしまった。

 

2020年は、偶数だし、見栄えもいいし、なにかの区切りみたいな年にできたらいいな、なんて思っていましたが、まるでいまの東京は世界の終わりみたいです。この1週間、いちども家から出ていませんし、直近2~3週間にしても3度ほどしか外出していません。1か月前には花見をしたりしてたのにね。2月にはブタペスト展やハマスホイ展を見に行っていたし、1月頃には、会社で出る展示会に申し込んだりもしていました。夏にはキャンプに行こうね、わたしがメンバーの調整をするからさ、と同窓会で言ったりしてました。

 

 

と、昨今の話題といえばこのことばかりだから、なんとなく近況を書いてしまったけれど、こんな話はこの場ではどうでもいいね。まあでも、3年後、5年後、この記事を読み返すときに、ああ、そうか、2020年の4月はそんな状況だったよなあと、思い返すための手がかりを残せたのではないかと思います。わたしもきみも、311の震災では被災しなかったから、これが初めて触れる「社会的混乱」というやつになるかもしれませんね。きみのところでは、まだそうでもないのかな。

 

 

さいきんのわたしの創作の話でもします。2020年がもう、1/4終わってしまったという事実をまだ受け入れ切れていませんが……いまのところ、「平成ひとケタ展」というアンソロジーに寄稿した作品ひとつ、あと、去年の暮れから書いていた「Polaris」という物語を書き進めています。だいたい4万字弱ぐらいの作品にするつもりです。

 

Polaris」では、久々に、まったくプロットを立てずに自由に物語を書いています。いつもわたしの物語の書き方としては、第1話を(天啓に導かれるようにして)なんとか書いて、その後に続く2話・3話を書きながら、なんとなくこの物語に必要な人々のことを考え出して、その人たちが執り行う儀式みたいな「印象的なシーン」をいくつか書いて、そしてラストを書いて、そこまでしてからようやく、途中のつなぎをどうしようか、と考え始めていきます。

 

Polaris」も、「アルプエルフ」も「朝目覚めると婚約者の王子がいて、しかも酷く嫌われていた件」も、「キス・ディオール」も、全部同じやり方です。そして長編であればあるほど、飛び石みたいに離れたエピソード同士をどう縫い合わせるか、ということの難度があがっていきます。まるで岩と岩とを、やわらかい麻布で縫い合わせようとしているみたいで、つまりは何がしたいのか分からなくなってきて、とちゅうで糸と針を川に投げ捨てすべて消してしまう――というのが、よくある挫折の結末です。

 

Polaris」もまさにその座礁の経過のなかにおりますが、まあ、4万字という微妙にコンパクトなところが相まって、なんとか無理やり引っ付くのでは、という気がしています。途中に亀裂が入っても、多少であれば気にならないような作風であることも影響ししています。

 

話が飛んだように感じるかもしれないけれど……昔はね、書きたいことがたくさんありました。そういうことをきちんと、ちゃあんと書き留めていればよかったんでしょうけれど、そうしなかったので、ぜんぜん思い出せません。いくつかはきみにも、きっと夜にでも、こんなものが書きたいんだって、きっと伝えたり語ったりしたことがあると思います。あのたくさんの晩のうちのひとつでもいいから、いま、耳をすまして聞くことができたらなあ。とよく思います。わたしがいったいなにを考えていたのか、なにを誰に伝えたかったのか、どんな人間になりたかったのか。

 

そういうものをいったん失ってしまってからは、結局のところ「メッセージ」というものにやけに拘泥するようになりました。今思っていることとして、全ては「自分は自分であることから逃れられない」というメッセージに帰結するようにしたい、と思います。ほかならぬわたし自身が「自分であること」を追い求めて、混乱しているくせに、信じ切れていないのに、それでもわたしがこれをメッセージとして選びたいと思うのは、ちょっと愚かなことですね。でも、本心から「自分は自分であることから逃れられない」ということを書きたいと思いますし、よかったらきみにも、わたしが書いたそういう物語を読んでほしいと思っています。

 

前置きが長くなりました。きみの話をしたいのに、自分の話から始めてしまうのはわたしのよくない癖だと思います。

きみの新しい門出となるはずだった2020年の4月が、混乱の渦のなかにあるのは心痛いことですが、でも、なんにせよきみの決断する力強さに変わりはないわけですし、いつもいつも、きみはすごいなあと、そう思います。わたしは、わたしが文章を書いているから、文章のことばかりきみに求めてしまいますが、正直なところわたしはきみが必ずしも「文章」で大成するのかどうかについてはよく分かっていません。ただ、きみの秘める爆発的な力、吸収力、表現力、きらめく思い付きについては心の底から信じています。

文章でも、漫画でも、ツイートでも、エッセイでも、ゲームでも、動画でも、メディアはなんだってかまわないと思うから、どうかきみが、きみのもつそのエネルギーをなにかの形にできますように。そうしたらもうきみの勝ちだと思います。こころから応援しています。

 

 

 

さて。この手紙を書くにあたって、001の最初の書簡を読みなおしました。こんなことが書いてあったよ。

どこを直せばいいんだろうなあ、と思うとき、その時点でたいていすでに失敗していて、名文というのは最初から最後まで、どこを変えてもどこを変えなくても名文なのであり、書いた瞬間に「ちがう」と思う文章は、たぶんどこをどう変質させたところで、少しもよくなるところはない。たとえマシになるような気がしたところで、それは燃えないゴミが燃えるゴミになるようなことで、結局本質が変わるわけではなく、名文が下りてくるまでは、ただ祈って待つしかないんだと思います。きみは書くことについてどう思いますか。

 

2017年のわたしが書いたこの文章に、自分でもう一度回答してみようと思います。

「最初から満点のものでなくては、書く価値がない」。なるほどね。言いたいことは分かる、そう思い込むのはきっと気持ちいいことだと思う。でも、この考えは、ただの努力の放棄であり、自分の力を一切信じないということであり、簡単にいえば甘えているだけです。自分の力を、たとえささやかだとしても信じようとしないのは、ただ世界に迷惑をかけるだけです。

2017年の「きみ」は、文章というものは、おおいなる力に押し出されるみたいにして、一定の速度で、単調に、そして完璧に、変えるべきところがひとつもないように出てくるものだと信じているんでしょう。その気持ちはわかります。自分が書いた文章を、「天啓」だとみなして、そうでないものはすべてゴミだと思うほうが精神的に安全です。でも、実際には、書き直したり推敲したり、順番を変えたりするだけで、ある程度使えるようになる文章もあります。単体ではくだらなくて、きらめいていなくても、「つなぎ」としては必要な一文もあります。

 

それでも「きみ」がそんなふうに思うのは、「文章を思いつく」スピードがたいしたことないからです。また、「きみ」が「文章をタイプする」スピードがたいしたことないからです。そして、「きみ」が文章を推敲したり、考え直したり、もういちど読み直したりするということ、そういう面倒で大切な作業を忌んで、やろうとしないから、その上手い言い訳を考えただけのことです。そう、「きみ」は言葉を使うのにちょっと慣れているせいで、自分の陰鬱や鬱屈を、うまく言葉に変換して覆い隠そうとすることがある。意図的ならかまわないけど、自分をあまり騙しすぎないように。

と、2017年の自分に対して回答しておきます。

 

 

 

ああ、そうだ、なにかの文章の葬式をするんだった。今回弔うのはこれです。お互いの文章で、気に入ったのがあったら交換しあってなにかを書いたりし合えるといいね。きみの才能が好きです。

 

「追いかけてくるみたいね」

 メーリアは空を見上げ、唐突にそう呟いた。旅路の最後の日の夜のことだ。

「月のことよ」

 満月が空に浮かぶ。風にあおられた砂が吹き上がり視界を遮ってはいるが、遥か遠く、そこには確かにまん丸の月がある。

「分からないかしら」

 メーリアは視線を月に向けたまま、静かにそう呟いた。

 たしかに、追いかけられているように見える。だが月は、誰にでもそう見えるのだ。キャンデたちの一行にだけ、付いて来ているわけではない。

「迎えに来てくれないかな、って思う気持ちのことよ。一度想像したことはない? あなたは男の人だからないかもしれないけど、私はあるわ」

「どんな想像だ」

「もう二度と帰ってこられない道を進むとき、赤い薔薇を持って、王子様が引き止めにくるの。とびっきりの礼装で、私に膝をついて、息を切らせ、待たせてごめん愛してる、死ぬまで一緒にいましょうねって言うのよ」

 ちょうど満月の下でね、と、メーリアは言った。

「そうか、ないな」

 会話したいわけではないことはすぐに分かったから、それ以上は何も言わずに空を見上げておくことにした。ふいに、彼女が泣いているような気がしたが、確かめることは出来なかった。

 好きな男がいたのだろう、という程度のことは察せた。とはいえ、泣く泣く嫁ぐことになったわけでもない。これまでに聞いたことを総合すれば、メーリアの夫はこれ以上ない好条件で妻を迎えたはずだ。地位も正妻だし、仕事も続けられる。結婚に不満があるのではない。ただ、片思いだったのか両想いだったのか分からないが、その王子様とやらに、未練があるのだ。

 なんとなく、メーリアの想い人は厄介そうな気がした。『赤い薔薇を持って』という妄想が出るあたり、自分に自信があり、地位も名誉もあるような、面倒くさい男に違いない。

 一瞬男爵が脳裏に浮かんだ。そうだ、ああいう、男だろうな、と思った。

「これからも踊るんだろう?」

「高いそうね、観劇料は」

 平地での踊り子の活躍の場は、劇の花添えや祭りの賑やかしなど様々だったが、総じて、軽々しく見れるような値段ではなかった。

「もう誰も、自分の家の庭でささやかに咲かせた花を、摘んで持ってきてくれる人はいないわ。きっと、あなたが売るような素敵な花束が楽屋に運ばれてくるのね。そうだ、赤い薔薇の育つ平地では、白も黄色もさまざまな花があると聞くけれど、でも白百合と赤薔薇の花束なんて、アンバランスなものはないんでしょう?」

 自分が失ったものを語るような口調でそう言って、メーリアは踊るようにステップを踏んだ。いや、これはもう、踊りだ。彼女が細い足を踊らせ、手をゆっくりと振り上げて全身を揺らせば、たとえ型に沿っていなくとも、音楽がなくとも、「踊り子」がそこに完成しきっている。

「俺が見に行くことがあったら届けよう。仕事柄、花は手に入りやすい」

 メーリアは嬉しそうに微笑んで、そうね、と答えた。

 

 

またいつか手紙を書きます。

 

mee